定年後の生活ブログ

定年後に行政書士となり、四国のことを発信しています

13番札所「大日寺」と阿波の一宮神社

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はじめに

4番札所と13番札所はどちらも同じ「大日寺」という名前ですが、吉野川を挟んで北側にあるのが4番札所の大日寺で、南側にあるのが13番札所の大日寺です。

県道沿いに細長くて、こじんまりとした寺域ですが、趣のあるしっとりとした札所でした。

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大日寺境内

山門

石柱門だけでしたが、平成になって新築されました。

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本堂

本尊の十一面観音菩薩さまが祀られています。

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大師堂

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しあわせ観音

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合掌している手の中に観音様

縁起

寺伝では、815年、空海が「大師が森」で修行をしている時に、大日如来が現れてこの地に寺を建立せよとのお告げされました。空海は大日如来を刻み、本尊として祀ったのが「大日寺」の始まりだとされています。

平安時代末期に、阿波一宮が神山町にあるのは不便だということで、当地に分詞され阿波一宮神社が造られると大日寺はその別当寺となりました。

南北朝時代に、一宮神社の隣にある山頂(144,3m)に一宮城が造られ、城主の一宮氏は一宮神社の大宮司を務めていました。

16世紀後半、長宗我部元親の兵火では一宮城が隣にあったために主戦場となり、辺り一帯はすべて焼失してしまっています。

江戸時代初期、徳島藩主の蜂須賀家によって一宮神社と大日寺が再建されました。

明治初期の神仏分離以前は一宮神社が札所、大日寺が別当寺でした。神仏分離によって一宮神社にあった十一面観音が大日寺の本尊として本堂に移されたことで、札所も移され関係は解消されました。

一宮神社

車の往来が激しい県道21号線を間にして、大日寺の反対側が一宮神社となっています。

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元々は神山町にある上一宮大粟神社が阿波国一宮でしたが、平安時代後期、参拝に不便ということで分祠されたことで、こちらが一宮となったといわれています。

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苔むした歴史を感じさせてくれる太鼓橋

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おわりに

境内には立派な本堂をはじめとした伽藍がコンパクトに配置されており、きれいにまとめられていました。高名な韓国出身の伝統舞踊家が住職を務められており、そのせいか手入れも行き届いていて清々しい雰囲気のするお寺でした。

道を挟んで向かい合わせている一宮神社も厳かな静寂の中に神聖な趣がある立派な神社です。

どちらの寺社も、この地域の長い歴史の中で培われた人々の営みを反映した素晴らしい場所でした。

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境内の石仏