定年後の生活ブログ

定年後の徒然なる事柄の記録

父の意識不明と認知症

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ヤマボウシ

 父が80歳を超えていた時、もう10年以上も前のことですが、一度、意識不明になったことがあります。

 ある朝、起きて来ないので部屋を見に行くとひきつけを起こして意識が無かったのです。呼びかけても返事もしません。初めてのことなのでひどく動揺しました。

 急いで救急車に来てもらって病院に行きました。付き添いで私も救急車に乗りました。あさの8時か9時の頃だったと思います。

 救急病院では、ストレッチャーの上に寝かされた状態でしばらく待っていると、父はふらふらっと立ち上がるではないですか。

 横になっていなければいけないと私は声をかけるのですが、まるで夢遊病者のように、意識があるのか無いのか分からないのですが、ストレッチャーの上で仁王立ちになっていました。

 何がどうなっているのかが分からず、またもや私は動揺していましたが、そこは病院だったので看護師さん方がなだめすかして、ドクターの診断を受けることが出来ました。

 取りあえず点滴をしてもらい、またMRIとかCTなどのいろいろな検査があるので入院ということになりました。

 検査の結果は特にこれといったこともなかったようなのですが、しばらくは病院で様子を見ることになりました。

 私は仕事もあったので、仕事終わりに病院へ見に行くようになっていました。

 ところが病院に父を見舞いに行くと「ここはどこか?何でここにいるのか?」ということを繰り返し繰り返し聞いてきます。

 そのたびに意識がなくなったこと、病院に運ばれたこと、ドクターがしばらく様子を見なければならないと言っていることを何度も何度も説明しなければなりませんでした。

 説明すると、その時は「そうか」と言って納得するのですが、すぐまた同じことを聞いてくるという状況でした。

 2~3日すると、これに加えて「もう帰る」と言って聞きません。仕方が無いのでまた同じことを説明し、ドクターの許可が無いので、まだ家には帰れないことをこれまた何度も何度も話さなければなりませんでした。

 そのうちに、夜の暗い時間でしたが「もう帰る」と言って病室を出て行ってしまったのです。ほうっておく訳にもいかず後を付いて行くと、一人で帰れるから付いて来るなと言ったりします。

 本人もどこに行っているのか分からなかったのでしょう。大きな病院の周りを3周して、もう病室に帰ろうと声を掛けやっと病室に帰ることになりました。

 明らかに認知症の症状であると思いました。それまでも何か変だなと思うことはありましたが、日常の生活は普通にできていましたので、それ程その症状については感じることはありませんでした。

 しかし、自分の家とは全く違う病院という大きな環境の変化が、父の症状を顕在化させたのだと思います。

 結局、病院でいる間は意識が無くなったりすることはなかったのですが、点滴を自分で外してしまったりして看護師さんを手こずらせたのでしょう、1週間もたたずに退院することになりました。

 家に帰って来ると、また普段通りの何事もなかったような生活に戻り、以後、亡くなるまで意識不明になるようなことはありませんでした。

 なぜ、あの時だけ意識が無くなったのかは今となっては分かりませんが、認知症は確実にこの時に進行していったように思います。

 私の父は多くの方々に介護されお世話を頂きました。そのお陰で家族は何とか平穏な生活を営むことが出来たと思っています。家族だけではどうしようも出来ませんでした。

 今現在、認知症の親御様などを介護されておられる方もたくさんいらっしゃるかと思います。高齢化が進んでいる社会では介護は大きなテーマです。何とか良い方向で進むようになって欲しいと願っています。

 父のことは、以前にも書かせてもらいました。こちらです。↓↓

 

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