定年後の生活ブログ

定年後の徒然なる事柄の記録

四国で小規模なコメ作りをしている農家の様子~田植えまで

 

はじめに

  親の残してくれた田んぼで、兼業ですがコメを少しばかり作ってきました。

 全部で3反半ぐらいです。1反は300坪で10アール(1,000㎡)です。

 お米は買った方が安いのですが、田んぼでコメを栽培しないとすぐに草が生え、木が生え、再び田んぼとしてお米を栽培することができなくなります。

 それに、代々、田んぼを耕してきたのを私の代で止めてしまうのもどうかなと思いやっています。

 経済性から言えば話にならないのですが、そこは合理的に割り切ってしまえないというところです。

 他にも田んぼはあるのですが、家から離れていたり、水の便が悪かったり、狭すぎたりなどで作っていません。

 昔は種を蒔いて苗を育てて田植えをしていましたが、今は農協から苗を買ってきて植えています。

 トラクター

 

  我が家のトラクターは「クボタKL245」です。

 排気量1,499ccのディーゼルエンジンで24馬力です。

 2010(平成22)年に、前のトラクターが古くなったので新しいものを亡き父が買いました。

 300万円は軽く超えていたと思います。もう10年ぐらい使っています。 出来るだけ長く使いたいものです。

 その頃から父は認知症のようでしたので、トラクターの操作は私がすることになりました。

 一応、業者の方に操作方法は教えてもらったのですが、それまでトラクターに乗ったこともなかったので、ビビりながら田んぼの中を耕しました。

 トラクターはレバーがたくさんあって、今だに十分理解しているとはいえませんが、何となく慣れるもので、支障なく使っています。

 ところが新車だったのでメンテナンスについてまで気が回っていませんでした。

 トラクターの後ろにはロータリーというのがあって、これにたくさんの鉄の爪が付いていて、ロータリーの回転と共に土をかき混ぜるという仕組みになっています。

 ある時、そのロータリーを上にあげて、中の爪を見ると何本か抜け落ちていたのです。

 まったく気づかずにトラクターを使っていました。

 田んぼのどこかに鉄の爪が落っこちてしまっています。どこに落っこちているのか分からず、金属探知機でもないと探しだせません。

 鉄の爪を固定しているボルトが緩んで外れてしまったようです。それ以来、使用する前にはボルトの緩み具合を点検するのですが、いつも何本かは緩くなっており、きつく締め直しています。

 まったくこんなことも知らずに長い間、トラクターを使っていたものです。

 この時以来、その他にもエンジンとかロータリーの点検に気を付けるようになりました。

 なんといってもトラクターの値段は、高級外車とまではいきませんがそれなりの価格ですので、出来るだけ長持ちさせなければなりません。

 トラクターを運転していると田んぼの中で使っている時ではなくて、田んぼの中に入るまでの道中に危ない場面が時々あります。

 そもそもトラクターは重心が高いので、不安定なのです。

 平坦な道路はいいのですが、田んぼや畑への進入路は狭くて勾配がきつかったりします。操作を誤って横転する事故が結構あります。

 トラクターだけでなく農業機械は割とこうした傾向があり気を付けて操作する必要があるのです。

 それでもトラクターが無いとコメ作りはできません。農作業には欠かせない機械なのです。

 値段が高いのが難点で、コメ作りをしても小規模では採算は合いません。

 

 3月、モグラ撃退の装置を買いました

  一昨年、田んぼに水を入れるとモグラの穴から大量に水が流れ出てしまいました。

 入れてしまった水を抜くわけにもいかず、泥と格闘しながらなんとか穴を塞いで水の流出を食い止めました。

 田んぼの周りは、コンクリートで固めてあるのですが何故か1か所、モグラの穴があって水が流出してしまっていたのです。

 冬に掘り返してコンクリートの下まで補修をしましたので何とか、昨年は大したことはありませんでした。

 今年もやっぱりモグラが大きな穴を開けています。

 また水が流出しては大変なことになるので、なんとかやっつけるための装置を取り付けます。

 この装置は、モグラの嫌いな音波振動で追い払うためのものです。

 ソーラー充電の電動式というハイテクマシンで撃退したいものですが、はっきり言ってどこまで効果があるのかは分かりません。

 モグラとの知恵比べのようなものですね。

 

トラクターで除草作業

  田植えをする前には、田んぼに草が生えているのをトラクターで混ぜこねして草を枯らしておく作業を何回かします。

 4月の初めに1回目の除草作業をしました。今日はとてもよく晴れていたので草もよく枯れます。

 気持ちの良い気候の中で作業をすると何かすがすがしい気分にもなります。

 草ぼうぼうの田んぼを耕していくと、早速、カラスなどの鳥がやってきてカエルや虫をついばんでいます。どこから見ているのか、素早いものです。

 5月になって田植えの前に、2回目の除草作業をしました。

 1回したのですが、また生えてきます。草が生えたままだと田植えをした後に雑草だらけになってしまいます。

 出来るだけ草をなくしておかなければなりません。お天気も良くて、うまい具合に草が良く枯れてくれます。

  気持ちの良い気候の中で作業をすると何かすがすがしい気分にもなります。

 草ぼうぼうの田んぼを耕していくと、早速、カラスなどの鳥がやってきてカエルや虫をついばんでいます。どこから見ているのか、素早いものです。

肥料散布

  粒上の肥料をまんべんなく田んぼに撒きました。

 肥料を撒くために、背負い式の肥料散布機があります。これに20㎏の肥料を入れて背中に担いで散布しています。便利の良い道具です。

 肥料は「ユーキ鉄ケイカル」という商品名です。

 ケイ酸が主に含まれており、土づくりのための肥料です。この肥料を散布しておくと、病害虫や倒伏などに強いようです。

 倒伏というのは台風や大風で稲が倒れてしまうことで、そうなると収穫がむづかしくなってしまいます。

 稲が倒れていてもコンバインで起こして収穫できます。しかし倒れたまま雨が降って濡れてしまうと、芽が出てしまうので、これではもう食用のコメにはなりません。

 毎年、稲が倒れないように願うばかりです。

 

 農協の緑化苗を買っています

 

 

 農協で育てた「コシヒカリ」の緑化苗をとって来ました。箱に植わっており全部で17箱あります。

 今回、田植えをする9畝の田んぼに、これを植えます。

 1反が300坪なので270坪ぐらいです。少し小さい苗で1週間ほど家で水をたっぷりと撒いて育てます。

 農協から持って来て、すぐに植えることのできる苗もあるのですが、家で少し育てる苗の方が値段が安いのでこのやり方をしています。

 コストの問題です。

 親は種から育てていたのですが、とても手間暇がかかるので農協から苗を買うようになりました。

 コメ農家の高齢化・兼業化に伴って、省力化が進んでいます。

 「そこまでして何でコメを作っているの?」という疑問が湧いてくるかと思いますが、結局は地域を守るということに尽きるのではないかと思っています。

 コメ作りをするためには大量の水が必要です。水を田んぼまで引いてくるためには長い水路が不可欠です。この水路を地域の方々が協力して維持管理しているのです。

 昔からの地域のたゆまない努力によって、コメ作りが成り立っているということです。

 これも大切な理由なのですが、やはり夏の、田んぼが緑のじゅうたんのようになっている風景は残しておきたいですよね。

 それに私だけかもしれませんが、田んぼが荒れているのを見るのは、少し寂しく思ってしまうからです。

 他にもまだ田んぼはあるのですが、こちらには「ヒノヒカリ」という品種のコメを6月中旬ごろに植えます。

 どちらもおいしいお米なのですが、作業の具合で分けて植えています。

 

 水路の堰き止め板の作成

 

 田んぼに水路から水を引き込むために、水路の水を堰き止めるための板を作りました。

 厚めのベニヤ板で作っているのですが、1年に数回しか使わないので、すぐに傷んでしまいます。

 土地改良による長方形のきちんとした田んぼであれば、蛇口をひねれば水が出てくるような施設もあるのですが、お金もかかるし、そう簡単に区画整理は出来ません。

 広い平野であれば出来ないことはないのですが、複雑な地形で田んぼや畑が混在している所では難しいことです。それで昔からの水路を使っています。

 板を作り替えるのも、田植えに時期の準備の一つということです。

 甥が道具に関心が深く、いろんなモノを持っています。

 今回は、新兵器のコードレス電動丸ノコを使用しました。

 ハイコーキ(旧日立工機)社製コードレス電動丸ノコと言います。電動ですがハイパワーで、切断スピードが速く、粘りがあり低騒音なプロ仕様の製品です。

 いつもはノコギリでチビチビやっているのですが、さすがに新兵器を使うとあっという間に出来上がってしまいました。

 農作業のために必要なものがこまごまとあるのですが、割と自分で作ってしまいます。

 

1回目の田植え

代かき

 

  田んぼに水を入れて、代かきをしました。代かきというのは田植えをするために、トラクターで田んぼの土をぐちゃぐちゃにかき混ぜてドロドロにする作業のことです。

 泥のようになった田んぼは表面が平らになり苗を植えやすくなります。

 昔ははしごを引いて表面を平らにしていましたが、トラクターのお蔭でそれはしていません。

 今はトラクターですが戦後は耕運機、その前は牛を使ってしていたことです。

 水を含んだ土はものすごく重くなるので、昔は大変な作業であったと思います。

 しかしトラクターによって省力化はされたのですが、結構時間はかかります。

 一番、時間がかかるのは、田んぼの下手から水が漏れ落ちないようにトラクターで踏み固める作業です。

 水が水路から入ってきて田んぼに溜まっていかなければならないのですが、田んぼの下手からモグラの穴が開いたりしていて水が漏れてしまいます。

 そのため田んぼの下手をトラクターで行ったり来たりを繰り返して踏み固めるのです。ミミズが這っているぐらいのスピードでトロトロとやっています。

 これが一段落してから、縦横にトラクターでかき混ぜていきます。

 かき混ぜていると、たくさんの鳥がエサを求めてやってきます。ツバメ・スズメ・サギが田んぼの水に浮かんでいるカエルやミミズ、虫をついばんでいました。

 

 田植え

 

   やっと田植えになりました。今回植えるのは8月末に収穫予定のコシヒカリです。

 田植え機に恐る恐るエンジンをかけます。いつも緊張の時です。というのも我が家の田植え機は父親が退職ごろに買ったもので、40年は経っていようかという骨とう品で、まだ動いているのが不思議なほどの代物です。

 まあ1年に1度の田植えの時にしか使用しないので、実質的な稼働日数は知れています。

 無事にエンジンがかかってホッとしました。

 まずは苗にいもち病などの予防のために殺菌剤をふりかけておきます。その後、機械の後ろに苗箱から苗を取り出してセットします。

 田植え機は4条植なので、初めに横に4箱、縦に2箱分の苗をセットしておきます。植えていく都度、補充することになります。

 いざ植え始めると、田んぼの中が微妙に凸凹しているのでハンドルを細かく動かしながらまっすぐに植えるように集中します。

 まっすぐに植えた方が稲刈りの時に刈り取りやすいので出来るだけまっすぐになるように植えようとはするのですが、これがなかなかうまくいきません。

 すべて植え終わって全体を眺め渡すと間が広くなったり狭くなったりしていて、今年もうまくいかなかったと思ってしまいます。

 でも、すぐに「終わったからまあいいか」と細かいことは気にしても仕方がないと思い直しています。

 多少の広狭は収穫には関係ないので、ほぼ自己満足の問題です。何はともあれ、取り敢えず田植えが終わってやれやれです。

 

2回目の田植え(なぜ2回もするのか)

代かき

 

   2回目の田植えをします。前回の田植えではコシヒカリを9畝の田んぼに植え付けました。今回は、その2,5倍ぐらいの3枚の田んぼにヒノヒカリを植えます。

 前回よりだいぶ広い面積に植え付けるのでかなり時間がかかります。

 なぜ2回に分けて違う品種を植え付けるのかは、これまでの我が家のコメ作りのいきさつから、コメ作りを絶やすことなく出来る範囲で考えた結果です。

 コメ作りを父親からバトンタッチしてから、もう10年以上になります。その時は、父はまだ補助的な仕事は出来ていたので、それまでのやり方を大きく変えることなく続けることにしました。

 父はコシヒカリが美味しいと言って作付けをしていましたので、先にコシヒカリを植えています。これを受け継いでいるということです。

 もうひとつはヒノヒカリです。

 

 私が定年になるまでは、1枚の1反の田んぼを「大瀬戸」2枚で合計1反半の田んぼを「ヒノヒカリ」としていました。

「大瀬戸」という品種は主に酒米になるもので、背が低くて大風でも倒れにくいお米です。

 あれこれ作らずに1種類だけの品種にすればよいのですが、現役で仕事をしている時には、田植えにしろ稲刈りにしろ出来るだけ短時間でしなければなりません。

 いっぺんに時間をかけて何日も作業をすることが出来なかったのです。

 それで田植えも稲刈りも時期を分散して行えるようにしていました。

 田植えは5月の初旬に「コシヒカリ」、「大瀬戸」と「ヒノヒカリ」は6月中旬、稲刈りは「コシヒカリ」が8月末、「大瀬戸」が10月初め「ヒノヒカリ」が10月中旬といった具合です。

 少しずつ別々の品種を作付けすることで、作業が集中しないようにしていました。そうでないと本業に支障がでてしまいます。

 少しずつ別の品種を作付けすることで、作業が集中しないようにしていました。そうでないと本業に支障がでてしまいかねません。

 小規模に兼業でコメ作りを何とか維持してきました。そのための工夫の一端です。

  今年は、あいにくの雨の中、田植え準備の代かきをしました。田んぼに水を入れてトラクターでぐちゃぐちゃにする作業です。午後に4時間ぐらい乗っていました。

  日焼け対策で長そでのシャツを着ています。しかし雨が降って曇っていたので日焼けしないと思っていたのに、手のところが赤くなり日焼けしてしまいました。

 6月の紫外線は恐るべしです。

 

 田植え

 

   田植えは雨が降っても出来ますが、稲刈りは晴れていないとできません。それも前日に雨が降って田んぼがじゅるじゅるだったり、稲が濡れたままでは出来ないのです。適当なお天気の日にしなければなりませんが、それが休みの日とは限らないのです。

 晴れて稲刈りが出来るとなると、地域中の農家が稲刈りをします。

 稲を刈った後は、農協のカントリーという施設に多くの農家が運んでいきます。カントリーというのは刈り取った稲の籾を乾燥させ、保管する施設です。

 どうしても稲刈りのできる日には集中しますので、受け入れてもらうのに2時間ぐらい待たなければなりません。受け入れは6時までで、軽トラで一車分しか持って行くことが出来ません。大体、田んぼ1枚を稲刈りすると軽トラで一車分となります。

 そういう訳で一度にたくさんの稲刈りが出来ないのです。

 大きなトラックでも持っていればこうしたことはないのですが、軽トラ1台ですので限りがあります。

 いろいろな理由が重なって、「コシヒカリ」「大瀬戸」「ヒノヒカリ」の3種類を作付けしていましたが、今年は定年により時間に融通が利くようなので「コシヒカリ」と「ヒノヒカリ」の2種類を作付けします。

 

  それとコンバインの能力も関係があります。

 我が家のコンバインは袋取り方式なので、重たいし効率が悪いし限界が近づいています。

 袋に脱穀した籾が入っていく方式で、一袋に30㎏ぐらいの籾が入ります。

 袋がいっぱいになるとコンバインから取り外して軽トラに乗せ換えるという作業を繰り返さなければなりません。

 何回もしなければならなので、次第に重さが堪えてきます。年齢的にもこんなに重いものを運ぶのは出来なくなってきました。

  という訳で今年の2回目は「ヒノヒカリ」の田植えです。

 

草枯らしを田植えの後に散布

  毎年、ヒエとかホタルイといった雑草が繁殖し悩まされています。

 兼業でもあったので、きちんと田んぼを管理してないので仕方がありません。ひどいときは稲刈りをしていても、稲刈りをしているのか雑草刈りをしているのか分からず、収穫量も少なかったことが度々でした。

 片手間のコメ作りであったので、田んぼの管理が行き届かなかったのです。

  田植えの後、1週間ぐらいしてから再び水を入れて、その中に草枯らしを10個ほど放り込みました。

 最近の草枯らしは、袋に入っており、その袋に入っている薬剤が2~3日程かけて水の中に溶け出すことによって田んぼ一面に広がり、効果を発揮するようになっています。なので、田んぼの水が抜けてしまっては効果が十分に得られず、雑草がはびこることになります。

 今年は、田植え前の代かきの段階で十分に時間をかけて作業をしたので、これまでとは違い水が抜けてしまうことがありませんでした。

 おかげで袋入り草枯らしが十分に効いていると思います。コメ作りも時間をかけて丁寧に作業をしておかないと、後々に影響してしまいます。

 昔は田植えの後、手押しの草取り農具を使って田んぼの苗の間を行ったり来たりしながら除草作業をやっていました。

 暑い日差しの中での作業を何時間もしなければならなかったので大変であったと思います。

 いつの頃からか除草剤を使用するようになりました。

 これで格段に農作業の負担は減っていくわけですが、農薬ですので環境に与える影響はどうでしょうか。おそらく十分に研究されていて安全性は担保されていると思っています。

 今は草枯らしがないと雑草との闘いに負けてしまいます。しかし環境のこともあるので農薬メーカーや農水省には安全性の点でさらなる研究を頑張って欲しいものです。

 

田植えの思い出

  田植えの時は半ドンでした

 

  小学生の時、田植えの時期には農繁休業がありました。姉とそのことについて話していると半ドンだった、と言っていました。私の方が年下なのでよく覚えていなかったのですが、半ドンだったということです。

 久しぶりに「半ドン」という今では昔懐かしくなった言葉が出てきました。

 我々の世代なら毎週土曜日も半日は仕事や学校があったことを普通に経験しているので、「半ドン」という言葉も何の違和感もなく使ってしまいます。

 学校が土曜日を休みにしたのは1992(平成4)年の9月12日からで、2学期からいきなり月に1回だけ第2土曜日を休みにするようになりました。通常であれば年度が変わる4月からなのですが、この時は、年度の途中でいきなりの変更でした。

 当時は宮沢内閣で文部大臣は鳩山邦夫さんです。大臣の鶴の一声で急に月1回ではありますが週休2日となったのです。文部大臣の指示というのは、えらく力があるもんだと思った出来事でした。

 その後、1995(平成7)年からは月に2回、第2と第4土曜日が休みになり、2002(平成14)年からはすべての土曜日が休みになりました。

 これでいくと、20歳半ば以上の人は何らかの形で半ドンを経験していることになります。ただ、「半ドン」という言葉はどうでしょう、何歳ぐらい以上の方なら分かるのでしょうね。

 

田植えの手伝い

  田植えの時期は、一家総出で田植えにかかっていました。まだ子供だったのでよく覚えていませんが、今の田植えの様子とはだいぶ違っていました。

 まず田んぼで苗を育てるための苗床を作り、その上に種を蒔いて苗を育てます。20㎝ぐらいまで大きくなったら田植えです。苗床に密集している苗をわらでしばって束にして、水田に持って行く準備をします。茶筒ぐらいの太さの束です。

 水田に束にした苗を持って行ったら、畦から田植えをする人の後方に投げ込んでいきます。投げ込まれた苗を取っていきながら、田に植えていくのです。

 植えるときは等間隔に印をつけた道具を使って、縦横がきちんとそろうように植えていきます。この道具を「じょうぎ」と言っていました。

 田んぼ1枚を植えるのにどれぐらいかかったのかは分かりません。姉とは朝から夕方まで大人が何人もかかって丸1日はかかっていたのではないかと話していました。機械ですると2時間ぐらいで終わります。

 全部を手作業ですると、とんでもない重労働です。特に、前のめりに中腰でずっと作業するので腰が痛くなります。

 中世の田植えの情景を描いた絵には、お囃子をしながら田植えをしているものがあったと思いますが、囃し立てながらでなければそんなに長時間はやってられないことでしょう。

 昔は田んぼが7つも8つもあったので、1週間以上は田植えばかりをやっていたのではないでしょうか。

 当然、小学生も貴重な労働力として駆り出される訳なので、小学校も農繁休業ということです。

 私も子供ながら手伝いをしていたようなのですが、そこはあまり記憶がありません。ただゴムの地下足袋をはいていたんですが、私の足にヒルが吸い付いて血をたらふく吸って大きくなっているヒルを手で取り除き、道で踏みつけてもなかなか死ななかったことが印象に残っています。

 姉は一筋そこまで終わったら終わりにしようと親が言うので頑張ったのに、終わったらまだいけそうだからもう少しやろうと言われて、腹がたったことを覚えていると言っていました。

 

ツバメ

 

 

 「代かきの 水面飛び交う ツバメかな」

 

 田植えの準備のため、水を引き込んだ田んぼをトラクターでぐちゃぐちゃにする代かきをしていると、目の前を勢いよくツバメが飛び交っていました。

 何匹もが、もの凄い勢いでよくもぶつかりもせずに鋭くターンをしたり直進したり、切れ味鋭い飛び方をしていました。

その時の情景を読んだ句です。いつもながらの駄作だと思います。

  ツバメの季節だと感じ入っていたところ、家の門にある蛍光灯の上に巣を作っていました。

 すでに赤ちゃん雛が3匹、大きな口を開けて親鳥にエサを催促しています。

 昔ながらの光景です。子供の頃には、家の中の土間にツバメの巣を作っており、家の中と外をつなぐために壁の上には小さな丸い穴を開けていて、そこをツバメが通って出入りしていたと思います。その母屋は50年前に立て替えましたので、面影もありません。

 毎年、田植え時期には決まってツバメが巣を作っていました。

 夏には飛び立ってしまうのですが、ツバメの子供が飛ぶ練習を見ていると楽しくなりました。ツバメが巣立ってゆくときは家の周りを何回も飛び回り、さよならを言っているように感じたものです。

 子供の頃の思い出です。

 燕は雨の当たらない所や安全な所を探して巣を作ろうとします。

 納屋の中や軒先に巣を作ろうとするのですが、糞で巣の下がかなり汚れてしまいます。それを嫌う人が多くなり、こうしたことからツバメの数がかなり減少しているようです。

 ツバメの益鳥としての役割は昔も今も変わらないのですが、人間の生活スタイルの変化がツバメに影響しているのでしょう。

 まったくツバメがいなくなることはないと思いますが、ツバメにとっては受難の時代のようです。

 しかし、今年はこんなところに巣を作って子育てをしています。久しぶりに見る光景でした。

 無事に育ち、巣立っていって欲しいと思います。