定年後の生活ブログ

定年後の徒然なる事を四国から発信

香園寺は近代的な大聖堂の61番札所

はじめに

四国霊場では珍しい近代的で巨大な鉄筋コンクリートで建築された本堂に圧倒されました。

建物は新しいものですが、お遍路さんによる信仰は古くから連綿と続いており、大師信仰の奥深さを感じることが出来ます。

 

境内 

境内への案内

子安大師の石碑と61番香園寺の案内板に導かれます。

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境内入り口

駐車場で車を降りると、大きな木々の向こうに大聖堂が見えてきました。

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大聖堂

1976(昭和51)年に建立された、高さ16m2階建ての巨大な鉄筋コンクリート造りです。1階が大講堂、2階が本堂と大師堂になっています。

1階中央の外側からも、お参りできます。

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2階の大ホールには大日如来様の隣に、弘法大師様がお祀りされています。

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大日如来様

 

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弘法大師様

 

子安大師堂

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子安大師像は、背中にゴザ、右手に錫杖、 左手に赤ん坊を抱いています。

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聖徳殿

聖徳太子をお祀りしています。

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水子地蔵様

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道しるべ

可愛い2人の子供がほっぺとほっぺをひっつけて道案内してくれています。

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縁起

寺伝によると聖徳太子が用明天皇の病気平癒を祈願して創建したとされています。

8世紀前半には、行基が立ち寄ってお堂を建立し、人々の悩みや苦しみを救ったとされています。

弘法大師がこの地を訪れた際に出会った、苦しんでいる妊婦のために加持祈祷をしたところ、安産で男子が誕生しました。大師は安産・子育て・お身代わり・女人成仏の秘法を伝えたので、香園寺が「子安の弘法大師」といわれています。

戦国時代に土佐の長曾我部の兵火によって焼失してしまいましたが、江戸時代に小松藩主一柳氏の帰依によって再興されています。

1914(大正3)年に本堂が再興されると共に「子安講」が創始されて、多くの信者を得ることとなりました。

1976年(昭和51)年に本堂は妙雲寺に移築され、その跡地に鉄筋コンクリート造りの大聖堂が建立されました。

 

おわりに

鉄筋コンクリート造りのお寺が八十八か所霊場にあるとは思わなかったので、初めて見た時にはとても驚きました。

しかし拝観した時に、小さい子供さんを連れた若い夫婦が何組もお参りに来ている姿を見ていると、香園寺の子安大師様のご利益を得て、深く信仰されている人々が多いということを知ることが出来ました。

建物は近代的ですが、深く厚く信仰されているお寺だと思いました。