定年後の生活ブログ

定年後の徒然なる事を四国から発信

安楽寺は温泉のある6番札所

はじめに

長曾我部氏の兵火によって焼失した安楽寺は、駅路寺であった瑞雲寺を併合して現在の地に再建されました。

駅路寺というのは徳島藩蜂須賀氏が1598年に定めた制度で、藩内の主要な街道に沿った八ヶ寺を指定して宿泊の利便性を備えたものです。

八十八ヶ所霊場では珍しい、温泉付き宿坊のあるお寺です。

 

縁起

815年、現在地より2kmほど離れた安楽寺谷で、空海が薬師如来を刻んでお祀りしたことが始まりだとされています。往時には、温泉の御利益で栄えており、広大な寺域を有していました。

16世紀末の長曾我部氏による兵火によって焼失し、荒廃してしまいます。

江戸時代の初めに、現在地にあった瑞雲寺を併合し、安楽寺として再建しました。

 

境内

鐘楼門

白壁の竜宮門形式で、門の上はお遍路さんのための無料宿泊所「通夜堂」となっています。

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本堂

本尊である九尺五寸(361cm)の薬師如来坐像は、病気平癒をした信者による寄進で、胎内に古来の本尊一尺三寸(49cm)を納めています。

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金剛宝拝殿

1963(昭和38)年、本堂の前に建設されたものです。金の温泉、銀の温泉が湧き出ています。

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金の温泉と銀の温泉

大師堂

京都の仏師である松本明慶による弘法大師像、不動明王像、愛染明王像が祀られています。

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厄除けのさかまつ

「大師身代わりの逆松」伝説によると、かつて猟師が獲物と間違えて弘法大師に弓矢をはなってしまいましたが、お大師様の身代わりとなって松の枝がなびいて矢を受けたということです。

お大師様は折れた松の枝を逆さまに植えて、この松が芽を出して栄えたならば、この地を訪れたものは厄災を逃れるだろうと仰いました。

松の枝は立派な松となり、安楽寺は厄除けの寺といわれるようになってということです。

残念ながら大師身代わりの逆松は2017(平成29)年に枯れてしまいましたが、現在は「厄除のさかまつ」となっています。

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多宝塔

内部を拝観することはできなかったのですが、極彩色の仏画や彫刻で浄土を表現しているそうです。

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庭園

仁王門を入って左側にこぢんまりとした日本庭園があります。宿泊されるお遍路さんたちの憩いの場所にもなっています。

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方丈

茅葺屋根の風情あふれる建物です。徳島藩主蜂須賀家により250年前に建てられたもので、歴代藩主がここに宿泊しました。

現在は、お寺で多目的に使用されています。

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太子駒のつなぎ石

聖徳太子が馬をつないだ石ということで、奈良から安楽寺に移設されたといわれています。

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おわりに

温泉が湧き出ている札所で、宿坊には「弘法の湯」という温泉があります。

札所でお参りができるし、おまけにお寺に温泉が湧き出ていて、健康と長寿に良いとされる湯に入って遍路旅の疲れを癒すこともできます。

一石何鳥ものご利益のある有難い札所です。

一度、ゆっくりとお湯につかってこの世の疲れを洗い流したいものです。