定年後の生活ブログ

定年後の徒然なる事を四国から発信

讃岐長尾寺は静御前ゆかりの87番札所

はじめに

86番札所志度寺と結願の88番札所大窪寺のちょうど中間に位置する長尾寺は、平野の広がる住宅街の中にあるお寺です。

子供たちが遊ぶことができる広場のある境内で、お正月には三味線餅つきや大鏡餅を運ぶ力持ち大会が開かれています。

 

境内

入り口

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重要文化財の経幢(きょうどう)

仁王門の前に、2基の石造りの経幢が建てられています。

経幢というのはお経を納める施設、もしくは供養のためのものです。

中国で流行した影響を受けて、鎌倉時代中期ごろに各地で建てられたようです。

長尾寺の経幢は1283年と、1286年に奉納されたものです。

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仁王門

巨大なわらじの後ろに仁王様が立っておられます。

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大きなクスノキ

仁王門を入ってすぐの右側にそびえ立っています。木の下には大窪寺までの距離を記した石柱がありました。

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伽藍

仁王門を入って正面に本堂、右が大師堂、左が護摩堂です。本尊は聖観世音菩薩様です。

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正面に本堂、右が大師堂、左が護摩堂

地蔵尊、静御前剃髪塚、ラジオ塔、山頭火歌碑

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地蔵尊、静御前剃髪塚、ラジオ塔、山頭火歌碑

静御前剃髪塚

母と共に静御前が得度して剃髪した遺髪が祀られているそうです。

静御前は白拍子を舞う女性で、源義経の寵愛を受けていました。

義経が兄である源頼朝と対立し、追われたことにより静御前は捕らわれて鎌倉に送られてしまいます。

義経の子どもを身ごもっていましたが、男の子だったので殺されてしまい、静御前は母と共に京に帰されました。

その後は不明なのですが、母の故郷である讃岐国の長尾寺で尼となり信仰の日々を過ごしたとされています。

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ラジオ塔

ラジオ放送が開始された初期の頃に、普及目的で人々にラジオ放送を聞かせるために設置されたものです。

四国で現存しているのは3か所だけで、そのうちの一つです。

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山頭火の歌碑

静御前剃髪塚の前下に「水ちろ〳〵柄杓もそへて」と刻まれた歌碑があります。

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東門

栗林公園の北側にあった正門が、1913(大正2)年に移築されました。

かつては、こちらが長尾寺の正門であったと言います。

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縁起

寺伝によると793年、行基が来訪した時に柳の木で聖観世音菩薩像(3尺5寸、約1m)を刻んで本尊としました。

当時は法相宗です。

空海が渡唐する前に訪問しており、入唐求法の祈願をしました。

帰朝してから再び訪れ、伽藍を整備して法相宗から真言宗に改宗しています。

幾度かの兵火によって荒廃しましたが、17世紀初頭に生駒氏によって再興され、長尾観音寺と呼ばれます。

1689年には高松藩松平氏の藩命で真言宗から天台宗に改宗となり、讃岐七観音の随一とされました。

明治から大正にかけては長尾の中心として、建物が小学校・警察・郡役所などに利用されています。

 

長尾天神宮

長尾寺境内にある神社です。

平安時代、長尾寺の明印は菅原道真公と親交が厚く、道真公が九州に左遷される時に志度浦で別れを惜しみました。

この由縁により1710年に菅原道真公を祀って建立されました。

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筆塚と開運石

お祓いごとを書いた厄よけ玉を開運石にぶつけて土に返します。

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筆塚と開運石

おわりに

あと一カ寺で八十八ヶ所の結願となる長尾寺なので、気持ちが急いているかもしれませんが、くまなく境内を見回れば見どころがいっぱいあるお寺です。