定年後の生活ブログ

定年後に行政書士となり、四国のことを発信しています

高知県立歴史民俗資料館と長宗我部元親の岡豊(おこう)城

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はじめに

高知県立歴史民俗資料館は、長宗我部氏の居城であった岡豊城(おこうじょう)のすぐ側にあります。

少し山を上った中腹に近代的な建物が建設されており、そこから山頂にある岡豊城跡まで整備された道を辿って、本丸跡に行くことができます。

資料館を見学した後、歩いて岡豊城跡まで上って行きましたが、今は建物もなく、遺跡としての痕跡がわずかにあるだけでした。

しかし、本丸跡からの見晴らしは良く、遠くまで見通すことができます。

戦後武将として名高い長曾我部元親が同じ場所から、同じように遠くの景色を見ていたと思うと、歴史のロマンというか、何とも言えない感慨を覚えました。

岡豊城本丸からの眺め

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岡豊城とは

岡豊城は長宗我部氏の居城の跡です。標高97mの通称岡豊山にあります。

築城年代は不明なようですが、15世紀後半から16世紀末頃まで存続したと考えられています。

長宗我部元親もこの城を拠点として、四国統一を果たしています。

城の遺構は高知県立歴史民俗資料館の建設に伴って発掘調査されており、現在は国指定史跡「岡豊城跡」として整備されています。

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長曾我部元親像

像の後ろにある階段を上がって行くと、岡豊城の本丸です。 

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岡豊城本丸跡

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高知県立歴史民俗資料館

1991年(平成3年)に高知県初の歴史を中心とする資料館として岡豊歴史公園の一角に設立されました。歴史資料だけでなく民俗資料も豊富に展示されています。

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2Fの長宗我部展示室

阿波国、中富川合戦の時の長宗我部軍本陣が再現されていて、戦国時代の戦の臨場感を感じることができます。

中富川合戦とは、本能寺の変によって織田信長の圧力が消失したことを機に、長曾我部元親が阿波国吉野川河口近くにあった勝瑞城(しょうずいじょう)を攻略するための戦いです。

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3F総合展示室

原始・古代~現代までの歴史や文化について、考古資料・歴史史資料・民俗資料で総合的に展示しています。

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田村遺跡跡の復元模型

高知龍馬空港付近には、縄文時代から近現代に至る田村遺跡群があります。

そのうち16世紀の頃の人々の暮らしの様子を示した、中世環溝屋敷跡の模型が展示されていました。

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江戸時代

山内一豊が土佐に入封して支配をしました。

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豊楽寺薬師堂

高知県にある唯一の国宝建造物である豊楽寺薬師堂の模型が展示されていました。

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豊楽寺薬師堂について、詳しくはこちらをご覧ください。↓↓↓ 

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竜とそばかすの姫コーナー

「竜とそばかすの姫」は高知の女子高生を主人公にした映画です。

映画の中に出てくる竜が描かれた衝立は、資料館所蔵の「竜虎図衝立」がモデルとされ、期間限定で展示されていました。

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土佐の正月飾り

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豊作を祈る御田祭の仮面

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葬儀用具

かつて土葬をしていた時に、使用されていた葬具です。

50年前に亡くなった私の祖父も土葬したのですが、その時に、このようなものを使っていたことを思い出しました。

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私の祖父の土葬について、詳しくはこちらをご覧ください。↓↓↓ 

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昭和のモノ

 自分が使っていたり、見ていたものが、実際に目の前にあると、とても懐かしく思いました。

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1F企画展

「山本忠興(ただおき)とオリンピック」と題して企画展が開催されていました。

山本忠興は、1940(昭和15)年の東京オリンピック招致活動に関わっていた人物です。

この時の東京オリンピックは戦争のため、幻に終わってしまいました。

南国市出身の山本は、早稲田大学理工学部で教鞭をとりながら早稲田大学競走部の監督として多くのオリンピアンを輩出しています。

また、電気工学者としてテレビジョンの開発にも尽力しました。

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山本忠興展ポスターと聖火ランナーの衣装・トーチ

おわりに

四国4県には、それぞれの長い歴史があります。

土佐の高知にも、この地独特の歴史や民俗があることを資料館の展示は教えてくれました。

改めて「四国は一つだけれど、それぞれ」といった多様性が四国の良い所だと思いました。

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昔のカツオ船の模型