定年後の生活ブログ

定年後に行政書士となり、四国のことを発信しています

75番札所の善通寺は空海生誕の地

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はじめに

75番札所善通寺は空海が生誕した地にあるので、真言宗では京都の東寺、和歌山の高野山と並ぶ重要な霊地です。

東院と西院の2つに広大な敷地が分けられていて、それぞれ重要な歴史的由緒を持っています。

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東院と西院

創建以来の伽藍があるのが「東院」、佐伯家邸宅跡の誕生院が「西院」です。

空海が誕生した佐伯家の邸宅に建てられた誕生院(西院)が、江戸時代まで独立した寺院として善通寺(東院)を管理・監督していました。

明治になって一つとなり、「善通寺」と称しました。

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左側が「西院」、右側が「東院」

東院

南大門

善通寺の正門になります。1908(明治41)年に日露戦争戦勝を記念して建てられたものです。

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本堂

国の重要文化財に指定されています。1699年に、禅宗様の建築様式で再建されました。

本尊は高さ3mの寄木造による薬師如来坐像で元禄時代の作です。

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五重塔

高さが43mあり、木造の塔としては京都の東寺(54,8m)、奈良の興福寺(50,1m)に次ぐ、国内第3番目の高さがある五重塔です。

焼失や倒壊のたびに再建されており、現在の塔は明治時代の1902(明治35)年に建立された4代目となります。

明治時代に建てられた五重塔としては、ここだけが国の重要文化財に指定されています。

五重塔の中心にある柱の心柱は、地面についておらず、五層目の屋根裏に鎖で吊り下げられているそうです。

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「善通寺境内の大グス」

南大門を入って左手に、樹齢千数百年といわれる2本の巨大なクスの木が立っています。

空海も子供の頃に、この木を見て育ったのでしょうね。

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五百羅漢像

東院の塀に沿って、信者さんから寄進された羅漢像がずらりと並べられています。

一人一人のお顔やポーズが違っていました。

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西院

仁王門

仁王門は1889(明治22)年に再建されたものですが、仁王さまは鎌倉時代(1390年)に製作されたものです。

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御影堂

奥殿は母である玉寄御前の部屋があった場所とされています。

秘仏の瞬目大師(めひきだいし)が安置されています。

寺伝によると、瞬目大師は空海が唐に渡ることを心配した母のために、池に写った姿を描いたものだといわれています。

 

堂の地下で「戒壇めぐり」をすることができます。

階段を降りた地下に入ると、一筋の明かりもない漆黒の通路を進んで行きます。

中ごろに大日如来さまが安置されていて、お参りした後、再び暗黒の闇の中を通って地上に戻ってきます。

ここまでの暗闇は経験することがないので、不思議な感覚を覚える体験ができます。

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御影池(みかげのいけ)

佐伯家の庭にあった池とされており、修行中の弘法大師と両親の像が弥勒菩薩を囲んで配置されていました。

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ほやけ地蔵

「ほやけ」というのはあざとか火傷の痕のことで、子どものほやけ治療を祈願したところ成就したということで、あざや病気にご利益があるとされています。

地蔵堂の後ろには、たくさんのお地蔵さんが奉納されていたのですが、お年を召したお地蔵さんが数多くいらっしゃいました。

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縁起

空海は現在の善通寺で、佐伯善通(よしみち)と玉寄御前(たまよりごぜん)の間に生まれ、幼名を真魚(まお)と名付けられました。

幼少期を善通寺で過ごした後に、空海は唐に渡って密教を会得し、真言宗を開創します。

善通寺は813年、帰朝してから佐伯家により寄進された土地に、師である恵果和尚の住していた長安の青龍寺を参考にして建立されたといわれています。

鎌倉時代になって、空海が誕生した佐伯家の邸宅があった所に、誕生院が建立されました。

1558年の永禄の兵火によって焼失してしまいました。

生駒氏からの寄進を受けて再建され、江戸時代には高松松平家や丸亀京極家の庇護によって栄えました。

善通寺と誕生院は、江戸時代までは別々のお寺でしたが、明治になってから善通寺として一つになっています。

現在は、真言宗善通寺派の総本山として一派を形成しています。

 

おわりに

何といっても真言宗の開祖が誕生した地にあるお寺ですので、その壮大さは見事なものです。

特に、五重塔は見上げるばかりに高くそびえ立っていました。

他にもたくさんの歴史と伝統を感じることができる事物があります。

一度だけでなく二度も三度も訪れたくなる札所でした。