定年後の生活ブログ

定年後の徒然なる事を四国から発信

四国22番札所の平等寺で健康を祈願

 

はじめに

21番札所太龍寺にの手前に22番札所平等寺があります。

こじんまりとしていますが、弘法大師ゆかりの由緒正しい歴史のあるお寺です。

農村の原風景である里山に村の人々とのつながりを大切にしながら存在しているように感じました。

縁起

814年、空海が徳島県阿南市新野町に来た時に、水を求めて井戸を掘ったところ乳白色の水が湧きだしました。

そしてこの地に滞在していた時に、薬師如来のお姿が脳裏に浮かび、木に刻んだのが本尊の薬師如来像だとされています。

空海は、この薬師如来様のお力によって「人々の心と体の病を平等に癒し去る」という誓いを立て、行を行ったとされています。

大師の「平等に癒し去る」という誓いから平等寺と名づけられました。初めに井戸から乳白色の水が湧き出ていたため、山号は「白水山(はくすいざん)」と名付けられています。

室町末期の戦乱によって寺は荒廃してしまいますが、江戸期になって伽藍が再建されました。現存する本堂は1737年に建立された薬師堂で約280年の歴史があります。

伽藍

仁王門

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駐車場から道を隔てて、すぐそこに仁王門があります。朱色の鮮やかな阿像と吽像が参拝者を迎えてくれます。

本堂

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仁王門からまっすぐに階段を上っていくと本堂があります。この階段は男坂と言い厄年の数の段数があります。

この本堂には、2014年までは秘仏であったのですが現在は公開されている薬師如来が安置されています。

大師堂

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本堂から左を回って階段で降りていきます。女坂と呼ばれ厄年の数の階段になっています。一段一段に1円玉がたくさん置かれていました。

大師堂では何人かのお若いお遍路さんが般若心経を唱えていました。若い方々にも四国八十八か所の遍路巡礼が広がっていることが感じられました。 

おわりに

規模が大きくて壮大なという分けではないのですが、人々の日常の生活と結びついた信仰本来の姿がうかがわれるお寺です。

本堂にある本尊の薬師如来様や大師堂もオープンに開かれていて、隠すことで有難さを増すようなことではなく、人々に見てもらうことで身近に仏様やお寺を感じてもらおうという姿勢が表れています。

「心と体を癒し去る」という弘法大師の誓いによって建てられた平等寺には、健康を願う多くの人たちが参拝に訪れています。

その願いをまさに受け止めてくださるかのような静かで開かれた22番札所でした。