定年後の生活ブログ

定年後に行政書士となり、四国のことを発信しています

高松港とバラの花

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今年もサンポート高松にあるバラ園に行ったので、リライトしました。

はじめに

「高松港でバラの花が咲き誇っている」というのを知り、さっそく見に行ってみました。

やさしく海風が吹いている港の海辺に、それはもう見事にいろんな色のバラの花が咲き誇っていました。

2021(令和3)年、バラ園とサンポートビル

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2022(令和4)年、バラ園とサンポートビル

バラの花園

高松港にあるバラ園は「サンポートばら園」と名付けられ、「さぬきばら会」の皆さんによって苗木が寄贈され、大切に手入れされながら守り育てられています。

「さぬきばら会」は、香川県の各地でバラの普及活動をなされている1971(昭和46)年に発足したバラの愛好家による団体です。

2021(令和3)年のバラ園

港のすぐそばにバラ園があります。

バラ園の向こうには屋島が見えています。

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2022(令和4)年のバラ園

バラ園の向こうには屋島が見えています。

高松港

高松港は、瀬戸大橋が開通するまでは高松駅と一体のものとして国鉄(現在のJR四国)の宇高連絡船が運航され賑わっており、四国の玄関口と呼ばれていました。

列車で本州に渡る四国の人たちは、高松港を発着する連絡船を利用していたので、高松港は特別な思い出のある港です。

現在は、本州と四国の間には3本の瀬戸大橋があるので車で自由に行き来できています。

「連絡船」という言葉に郷愁というか哀愁というか、特別な思いを感じるのは、おじさんおばさん世代ということでしょうか。

瀬戸大橋が開通したので高松港発着の連絡船もその役割を終え、それとともに高松港も大きく様変わりしました。

ウォーターフロント再開発という名のもとに、近代的なタワービルや駅舎が建設され「サンポート高松」という名称もつけられました。周囲にもマンションが立ち並び近代的な街並みが出来上がっています。

しかしながら、瀬戸の海を目の前にしたおだやかな風景は昔のままでした。

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堤防の先端には「せとしるべ」というかわいい愛称がつけられている、赤灯台があります。

世界初の総ガラス張りの灯台で、夜になると内部の照明で赤く発色します。

赤く海の中に浮かび上がる灯台は、幻想的な美しさでしょうね。

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高松港のモニュメント

流政之さんの作品

「SUNSET of SETO  2011  TOSHIKO AKIYOSHI   MASAYUKI NAGARE」

「TOSHIKO AKIYOSHI」はジャズピアニストとして高名な秋吉敏子さんのことでしょうか。

 「MASAYUKI NAGARE」は流政之さんのことで、香川県高松市にアトリエを構えて世界的に活躍した石像彫刻家・庭園家です。

「MATAKITENO」

讃岐の方言で「また来ての」です。

ここから素晴らしい夕日を眺めることができます。

流政之さんの作品は、21番札所太龍寺にもありました。詳しくはこちらをご覧ください。↓↓↓ 

www.teinenoyaji.com

サンポートモニュメント

赤灯台へ向かっていく途中に、いくつかのモニュメントが設置されていました。

「風のモビールB」

太陽の動きを感じさせてくれる日時計です。

「風のモビールC」

塔の中に入って、周りの360°の景色を見ることができます。

「風のモビールD」

瀬戸内の光と風を体感できる装置です。

おわりに

美しいばらの花を愛でさせてもらい、高松港の周囲を散策することで、ゆったりとした素敵な時間を過ごすことができました。

瀬戸内海の景色や行きかう船を眺めていると、日々のあくせくする気持ちがほぐれてくるように思いました。

追記:噴水広場

バラ園の隣にあります。夏になると、子供たちの水浴び場になります。