定年後の生活ブログ

定年後の徒然なる事柄の記録

四国は「内」本州は「外」では済まない

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アジサイ

今週のお題「外のことがわからない」

 今週のお題は「外のことがわからない」ですね。この「外」っていうのはどこのことなんでしょう。

 「外」の反対は「内」ですよね。そうすると「外」と「内」の境目にはきっと境界があることになります。

 私は生まれも育ちも仕事も四国なので、私にとって「内」は四国です。

 1988(昭和63)年に瀬戸大橋が出来たので、本州と陸続きになり電車や車でスムーズに移動できるようになって便利になりました。早くも30年以上たちます。

 それまでは高松と宇野を結ぶ連絡船で1時間以上かけて、本州に渡っていました。

 この他にも松山、徳島、高知からフェリーが就航しており、いずれにしても船でなければ本州へは行けない時代でした。海を隔てて離れていましたので、まさしく四国は「内」で本州は「外」、海が境界でした。

 1972(昭和47)年に山陽新幹線が開通し、岡山から大阪や東京へ行けるようになりました。

 新幹線に乗車するには、高松まで汽車で行き、やっぱり連絡船に乗って本州に渡り、岡山まで行かなければならなかったのです。

 四国の鉄道が電化されたのは、瀬戸大橋が開通したころなので、それまでは電車ではなく汽車です。

 汽車はディーゼルエンジンなので音も大きく窓を開けていると油の排気ガスのにおいが漂ってきたものです。

 私は高校生の頃までは電車に乗ったことがなく、大学生の時に旅行に行って初めて電車に乗り、あのモーターが動くウィーンという音で静かに、それもスムーズに発車する電車にいたく感動したものでした。

 かつて東京からどれぐらいの時間で行くことが出来るかを基にした地図を見たことがありますが、四国はどの地方よりも遠くに描かれていたと思います。

 瀬戸大橋が開通した現在でもそんなに変わりはないのではないでしょうか。

 こうした遥かに遠い四国の地から東京を見ていると、「3密」は避けようと盛んにテレビでは言っているし、そのようなニュースやワイドショーばかりですが、そもそも東京自体があまりに人口が集中しすぎているので「3密」なんではないかと思ってしまいます。

 東京一極集中ですよね。しかし東京のことは、やはり田舎にも多大な影響を及ぼします。

 東京は四国からすると「外」だから「外のことはわからない」では済まされないことです。この問題で「外」と「内」に境界はありません。

 コロナだけでなく、現代は「外」とか「内」とか言って境界を設ける時代ではないでしょう。いろんなことに境界を設けて「外」のことには無関心で済ますことは出来ない時代だと思います。