定年後の生活ブログ

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美空ひばりさんと日本一の大杉

美空ひばりさんの事故

高知県大豊町で美空ひばりさんは9歳の時に、大きな交通事故に遭っています。

このことについて、高知脳神経外科病院が発行している「みつる(154号)」(令和2年5月31日)に「美空ひばりと嶺北地方」という記事を眼科の上野脩幸氏が投稿しています。

 

昭和22年4月、美空ひばり(当時9歳)さんが乗ったバスが川に転落しそうになり、ひばりさんは九死に一生を得るという大きな事故に遭いました。

 

上野氏は大豊町郷土史家の鎌倉登氏の私製本を元に、バス事故を知っている患者さんへの聞き取り証言を交えて、その時の様子について記されております。

 

昭和22年4月27日に、旧本山小学校で公演があり、その日は小学校に泊まったのではないかとの証言を得ています。

 

翌28日の朝9時前に、次の巡業先に向かうためにバスに乗ります。

バスは旧高須トンネル(現在は閉鎖)を通って国道32号線へ下っていく狭い道で、対向してきたトラックと衝突します。

バスは斜面を滑り落ちましたが、運よく桜の木にバンパーが引っ掛かって転落はまぬかれました。

 

この事故で、ひばりさんは鼻血を出し左手首には割れたガラスが突き刺さり、仮死状態で瞳孔が開きかけていたと鎌倉氏の本には記されているようです。

ひばりさんや乗客の方はバスの窓から救出されましたが、女性の車掌さんは死亡しています。かなり大きい事故であったと思われます。

 

救出されたひばりさんも意識不明であったらしく、村で唯一の診療所で緊急手術を受けました。

その後、高知市に転院療養したのち5月23日に帰郷されています。

 

ひばりさんはわずか9歳にして、約1か月間の入院・治療を必要とするほどの大事故に遭遇していたということです。

 

昭和27年、事故の5年後

ひばりさんは事故の5年後に大豊町を訪れて、お世話になった一人一人にお礼をされています。

この時、事故現場の近くにある天然記念物の大杉にもお礼参りをして、日本一の歌手になれるように祈願をしました。

 

ひばりさんの遺影碑と歌碑

平成5年5月に美空ひばりさんのゆかりの地として、大杉のすぐ隣に遺影碑と歌碑が建立されて「大杉の苑」として整備されました。

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遺影碑にはひばりさんの14歳の頃の写真が埋め込まれており、また、ボタンを押すと「川の流れのように」「龍馬残影」「悲しき口笛」の3曲が流れるようになっています。割と音量も大きくて静かな山里に響いています。

山間の地で、ひばりさんの声を聞くことが出来て、何とも言えない感動を覚えました。

 

歌碑には作詞者である秋元康さん直筆の「川のながれのように」の歌詞が刻まれています。

ひばりさんにとってはこの地は人生を左右するような重要な地であったかもしれないと思いました。

 

日本一の大杉

樹齢3000年と推定される巨木で、昭和27年に国の特別天然物になっています。北大杉と南大杉の2株が根元で合着していて、夫婦杉とも呼ばれています。

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縄文の遥か古代よりここにたたずみ、多くの人がこの巨木を見上げてきました。その中には坂本竜馬や美空ひばりといった歴史的な人物もいます。

幾たびもの台風災害などに見舞われながらも、人々の手当てによってその威容を保ってきています。見ているだけで命の霊威を感じます。

巨大な杉の生命エネルギーを浴びて、少し元気になったような気がしました。