定年後の生活ブログ

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阿波一宮 大麻比古神社

 

大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)とは

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おまつりされている御祭神は大麻比古大神と猿田彦大神です。

大麻比古大神は阿波国を開拓した忌部氏(いんべし)のご先祖の神様です。

猿田彦大神は天孫降臨(てんそんこうりん)の際に道案内をつとめられた神様で、裏山の大麻山(おおあさやま)にお鎮まりになっていたのが、いつからか大麻比古神社に合わせてまつられたようです。

 

延喜式神名帳(じんみょうちょう)に阿波国大社として大麻比古神社の名があります。
延喜式は平安初期の制度、儀式作法等の細則をまとめたもので927年に完成しています。ここに記載されていますので、今から1100年位前にはすでに阿波国の代表的な神社であったようです。

阿波一宮と称されており、県民には「おわさはん」として親しまれ崇拝されています。正月三が日の初詣は、20万人とも30万人とも言われる初詣客で賑わいます。

境内

本社を囲むように8つの末社があり、それぞれに神社をお祀りしています。

食の神様である「豊受社」、山の神様「山神社」、「中宮社」の御祭神は分からないのですが耳が聞こえにくいという民間伝承があり、小づちをたたいて参拝する習わしがあるそうです。

丸山古墳跡の「丸山神社」は土地の神様、商売繁盛の神様は「丸山稲荷社」、水の神様は「水神社」、学問の神様・菅原道真公が祀られている「天神社」、天照大神が祀られている「西宮社」があります。

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境内にあるご神木の楠は樹齢約1000年といわれ鳴門市の文化財に指定されています。

ドイツ橋

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坂東俘虜収容所の捕虜がドイツの優れた土木技術を生かして6つの木橋と4つの石橋を作っています。

境内には現存するのは石橋としては最後に造られたもので、森閑とした森の中を流れる小川の上に架設されていました。1919(大正8)年6月に完成しています。この橋は日独の交流の象徴とされており、県の史跡にも指定されています。

メガネ橋

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ドイツ橋より少し早い1919(大正8)年の4月に完成しています。

ドイツ兵捕虜たちは一日も早い帰国を願いながら、神社の境内を散策していたようです。その記念に池を掘ってメガネ橋と呼ばれる石橋を作りました。

のちに神社は、日独友好の懸け橋ともいえるメガネ橋周辺を拡張整備して「心願の鏡池」としています。

清らかな水が引き込まれ、程よい木漏れ日が注し込む森の中に造られていて、心が洗われるような場所でした。

おわりに

坂東俘虜収容所からは山に向かって、少しはなれた場所に鎮座する大麻比古神社にはドイツ兵捕虜との縁であるドイツ橋・メガネ橋が残されており、それを大切に保存されていました。

ドイツ人捕虜と地域住民とのあたたかい交流があったからこそ、このような史跡が守られ日独友好の証として大切にしてこられたのだと思いました。