定年後の生活ブログ

定年後の徒然なる事を四国から発信

52番札所太山寺の本堂は国宝

はじめに

松山市の郊外ですが深山幽谷といえるような雰囲気のお寺でした。

一の門から本堂まで500mぐらいはあるでしょうか、坂道を歩いて上ると息が上がります。

最後の階段を上ったところに本堂がありました。

本堂は国宝に指定されていて、愛媛県に2つある国宝建造物の一つです。

素晴らしい本堂のある札所です。

 

 

境内

一の門

車で一の門から入っていけます。駐車場はまだまだ先です。

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二の門(二王門)

重要文化財の二王門の隣を抜けて、上がった所に駐車場があります。

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《本坊のある場所》

一畑薬師堂

駐車場のある所から上って行くところに、一畑薬師さまが祀られています。

目にご利益のある仏様です。

ここから300mほど歩いて行かなければなりません。

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正岡子規の句碑

「菎蒻につゝじの名あれ太山寺」

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《参道を上り切った所》

芭蕉の句碑

1743年、芭蕉50回忌に建てられました。

県下最古の柳壟(やなぎづか)で、松尾芭蕉「八九間空へ雨ふる柳かな」とあります。

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石仏群

大日如来石像や水子地藏、修行大師像などを多くの石仏があります。

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《本堂のある場所》

参道を上りきって右手の階段を上がりきった所に本堂があります。

三の門(四天王門)

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本堂

国宝の本堂は1305年に伊予国守護河野氏によって建てられました。

全国屈指の規模を誇っている密教寺院の本堂です。

和様・大仏様・禅宗様が融合しており、1956(昭和1)年に指定されています。

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本堂内部

何本もの太い柱で支えられています。

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鐘楼

 1655年に再建された、歴史のある鐘楼です。

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梵鐘には1383年の銘が入っています。

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聖徳太子堂

聖徳太子が伊予に来られて太山寺と縁を結んだといわれています。

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《階段の上にある大師堂》

大師堂

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長者堂

大師堂の隣に、「一夜建立の御堂」伝説の真野長者が祀られています。

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縁起 

創建については、次のような「一夜建立の御堂」伝説が残されています。

『6世紀末、豊後の真野長者が難波に向かっていたところ、松山沖で遭難しました。観音さまに祈ると光がさして舟は無事に陸に着きました。光の差したところには十一面観音像があったので、この地に一夜にしてお堂を建立して祀りました。』

8世紀初めに聖武天皇の勅願で行基が十一面観音像を安置し、孝謙天皇が現在の地に伽藍を整えたとされています。

9世紀前半に弘法大師が訪れ、法相宗から真言宗に改宗されました。

おわりに

何百年もの間、山中で守り伝えられた貴重な国宝を見ることができました。

古い歴史のあるお寺なだけに、ゆかりのある事蹟も多くあって、それらを大切にしていると感じました。

さまざまな俳人の句碑も見られ、さすがに松山は俳句のメッカであると思いました。