はじめに
阿波十郎兵衛の本名は坂東十郎兵衛といいます。
徳島藩の米政策による責任を負わされ、処刑されてしまった人物です。
坂東十郎兵衛は人形浄瑠璃「傾城(けいせい)阿波の鳴門」の主人公としてとりあげられ、今では彼の屋敷跡が、徳島県立阿波十郎兵衛屋敷になっています。
人形浄瑠璃は徳島の伝統芸能であり、多くの人形座や人形をつくる人形師が活躍しています。
徳島県立阿波十郎兵衛屋敷
人形浄瑠璃「傾城(けいせい)阿波の鳴門」とは
阿波徳島藩のお家騒動によって、主君の宝であった「国次の刀」が盗まれてしまいます。
刀を取り戻す命を受けた十郎兵衛は、幼い娘おつるを祖母に預け、妻のお弓とともに盗賊に身をやつして大阪に住んでいました。
ある日、お弓のところに巡礼姿の女の子が訪ねてきました。
話をするうちに、その女の子が我が子おつるであることに気づきました。
しかし、おつるを危険な目にあわせることはできないと思い、泣く泣く追い返してしまったのです。
この場面が「ととさんの名は十郎兵衛、かかさんはお弓と申します」のフレーズで親しまれている演目「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」です。
農村舞台をイメージした舞台での上演
十郎兵衛屋敷では、毎日、定時に人形浄瑠璃が上演されています。
阿波十郎兵衛屋敷
母屋にある「母お弓と娘おつる」の人形
母屋と「母お弓・娘おつる」の像
資料館
鶴亀の庭
おわりに
今でも、徳島には約80棟もの人形芝居用の農村舞台があるそうです。
地元でいかに人形浄瑠璃が深く根付き、大切にされているかが分かります。
いつまでも、このような人々に愛される伝統文化が残っていって欲しいと思いました。