定年後の生活ブログ

定年後に行政書士となり、四国のことを発信しています

善楽寺は土佐神社に寄り添う30番札所

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はじめに

土佐一の宮といわれる荘厳な土佐神社の隣にある、こぢんまりとしたお寺です。

歴史的に土佐神社と関係が深く、紆余曲折を経て現在の30番札所となっています。

階段もなく、気軽に参拝できるお寺で、地元の人々にも慕われているようです。

 

境内

入り口

土佐神社の参道右にあります。巨大な十一面観音さまが出迎えてくれます。

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本堂

1982(昭和57)年に築造された近代的なお堂です。本尊は阿弥陀如来像です。

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大師堂

厄除け大師として知られていて、災難厄除のご利益ありとされています。

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梅見地蔵尊

約200年前の1816年に建立された歴史のある古いお地蔵さまです。

首から上の病や悩みにご利益があるとされています。

昔、大師堂の横にあった梅を仰いでいるように鎮座していたことからの名付けです。

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子安地藏堂と水子地藏堂

梅見地蔵さまの隣に並んで建立されています。

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手水舎

1753年に寄進されたもので、邪鬼が手水鉢を支えています。

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縁起

810年、空海が高鴨大明神(現在の土佐神社)の別当寺として、神宮寺とともに創建したといわれています。

空海がこの地域を訪れた時に、高鴨大明神の一帯が森厳幽遠なる霊域であり、渓谷が百谷あれば入定の地に定めようとしました。谷の数を数えたところ99谷しかなかったために、善楽寺を開創したと伝えられています。

江戸時代には、本殿に向かう参道の右に長福寺、左に神宮寺となっていました。

この時代の札所は神宮寺(本尊は阿弥陀如来)でしたが、次第に神宮寺は衰退し長福寺が隆盛してきたので、30番札所としての納経は両寺で行うようになっていったようです。

9代将軍徳川家重の幼名である長楽丸をはばかって、1721年に長福寺は善楽寺と改称されています。

 

札所の論争

明治初期の神仏分離によって、善楽寺は神宮寺に合併され、さらに善楽寺は廃寺となってしまいます。

そのため札所の役割、神宮寺の本尊である阿弥陀如来像、善楽寺の弘法大師像が南国市にある29番札所国分寺に移されてしまいました。

1875(明治8)年、善楽寺と神宮寺が廃寺されてしまったので、高知城のすぐ北側の場所に安楽寺が再興され、国分寺に移されていた阿弥陀如来像を本尊として30番札所となりました。

一方、神宮寺は再興されなかったのですが、1930(昭和5)年、善楽寺は国分寺に預けられていた弘法大師像を引き取り、縁のある所より本尊の阿弥陀如来像を迎えて30番札所の善楽寺として再興しました。

これにより30番札所が善楽寺と安楽寺の2箇所に並立することになったため、その正統性について論争が起こってしまいます。

1994(平成6)年になって30番札所を善楽寺、奥の院を安楽寺とすることで最終決着しました。

 

おわりに

土佐神社のお隣さんである善楽寺は、数奇な歴史を辿ってきた札所ですが、今は静かに多くの巡拝者を迎えています。

たくさんのお地蔵さまがいて、人々の悩みや苦しみに寄り添ってくれています。

土佐神社と共に土佐の人々の心の拠り所としての札所だと思いました。

 

土佐神社について詳しくは、こちらをご覧ください。⇩⇩⇩ 

www.teinenoyaji.com