定年後の生活ブログ

定年後の徒然なる事を四国から発信

室戸岬にある24番札所の最御崎寺

はじめに

24番札所最御崎寺(ほつみさきじ)は、高知県で最初の札所です。

雄大な太平洋を眺めることのできる室戸岬の先端にあります。

f:id:teinenoyaji:20201123084137j:plain

室戸から高知市方面

 

 

切り立った岬の山の上に、静かに佇んでいる札所でした。

車で通行ができない時代には、険しい山道を上って行かなければならず、お遍路さんにとっても厳しい修行の場所だったのではないでしょうか。

最御崎(ほつみさき)には、海に向かって聖なる火を焚く古くからの信仰として「火つ岬(ほつみさき)」という意味があるようです。

 

室戸には、室戸三山といわれる3カ寺の札所があります。

西にある第26番札所の金剛頂寺(こんごうちょうじ)が西寺と呼ばれているのに対し、最御崎寺は東寺(ひがしでら)と呼ばれます。

西寺と東寺の真ん中には、津照寺(しんしょうじ)があります。

空海修行の地であるゆかりと信仰から、多くの札所が存在しているのではないでしょうか。

 

境内

案内図

f:id:teinenoyaji:20201122175820j:plain

 

参道

駐車場ではお迎え大師像が出迎えてくれます。

f:id:teinenoyaji:20201122193710j:plain

 

境内へは石段を上がるのではなく、坂道を進んで山門へと向かうのが順路となっています。

お迎え大師の隣から階段を上がるとお寺の裏手になってしまうので、坂道を歩くように、と看板に書いてありました。

f:id:teinenoyaji:20201122193852j:plain

 

山門

パーキングからだらだら坂を上って行った所に山門があります。

f:id:teinenoyaji:20201122194256j:plain

 

表と裏にそれぞれ仁王様が合わせて4体います。

f:id:teinenoyaji:20201122212021j:plain

f:id:teinenoyaji:20201122212424j:plain
f:id:teinenoyaji:20201122212402j:plain

 

 

十一面観音菩薩

f:id:teinenoyaji:20201122212639j:plain

 

 

鐘楼堂

1648年、土佐藩2代目藩主山内忠義の寄進により建立されました。

f:id:teinenoyaji:20201122212834j:plain

 

本堂

本尊は秘仏とされている虚空蔵菩薩さまです。

f:id:teinenoyaji:20201122213238j:plain

 

 

虚空蔵菩薩の石像

本堂の御本尊は秘仏ですが、鐘楼堂の隣に大きな虚空蔵菩薩の石像があります。

f:id:teinenoyaji:20201122213612j:plain

 

一畑薬師

「目のお薬師さん」で知られる島根県の一畑(いちばた)薬師を勧請したものです。

f:id:teinenoyaji:20201122213750j:plain

 

 

鐘石

斑レイ岩で、叩くと鐘のように響き、冥土にまで届くと言われています。

f:id:teinenoyaji:20201122214055j:plain

 

 

クワズイモ

通りがかったお遍路さん(空海)が、地元民に芋を乞うたところ「これは食えない芋だ」といって貰えなかったため、ほんとうに食べられなくなったと伝えられています。

現在は胃腸の薬として利用されています。

境内に植えられていました。

f:id:teinenoyaji:20201122214241j:plain

 

 

一言お願い地藏

子地蔵さんがたくさんあって、多くの方が祈願しています。

f:id:teinenoyaji:20201122214441j:plain

 

 

ヤッコソウ

 ヤッコソウは、植物学者の牧野富太郎が高知県で発見して命名しました。葉緑体を持たない寄生植物だそうで、県の天然記念物になっています。

f:id:teinenoyaji:20201122215623j:plain

 

護摩堂と聖天堂

本堂の裏手に並んで建立されています。

f:id:teinenoyaji:20201122220107j:plain

 

 

縁起

空海が、唐から帰朝した翌年の807年に嵯峨天皇の勅願によって虚空蔵菩薩を彫り、本尊として開創されたといわれています。

足利尊氏によって1341年に土佐の安国寺になりましたが、焼失してしまいます。

江戸時代の初めに土佐藩山内氏による支援で再興されました。

明治初期の神仏分離によって荒廃してしまいますが、1914(大正3)年に再建されています。

女人禁制の場所でしたが、1872(明治5)年には解禁されました。

 

おわりに

海岸辺は太平洋の荒波が押し寄せる荒々しい、まさに空海が厳しい修行をした場所という雰囲気でした。

しかし、山上にある森の中の札所は静かで落ち着いた感じのお寺です。

 

室戸の自然の厳しさと信仰の歴史を知ることが出来る最御崎寺でした。